新着都市伝説
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都市伝説とは

○都市伝説の起源

都市伝説には起源や根拠がまったく不明なものも多いが、何かしらの根拠を有するものもある。特定の(大抵は何でもない)事実に尾ひれがついて、伝説化することが多い。たとえば「東京ディズニーランドの下には巨大地下室があり、そこで賭博等の行為が行われている」という都市伝説は、同施設が実際に巨大な貯水用地下室を持っていることが起源の一つになっている。補足だが、賭博場は地下ではなくランド内の『ワールドバザール』の横という説もある。(実際そこにはクラブ33という会員制の場所がある。もちろん賭博ではなく単なるレストランである。)


○都市伝説の伝播
都市伝説は、若者、都市生活者、高等教育を受けた人などの「普通の人々」によって語られる。

都市伝説の伝播に重要な要素として、それが真実として語られる、というものがある。ブルンヴァンによれば、『「これは本当のことだ」として語られるのは、伝説が形成される代表的な回路』であり、『この事実は古くからの民話であろうと、都市伝説であろうと変わらない』。都市伝説は、『古くからの民話と同じように、大真面目に語られ、口から口へと広がっていく』。伝説とは、ブルンヴァンの言葉を借りれば、口承の歴史(Folk History)、すなわち擬似的な歴史なのである。

都市伝説はマスメディアによっても広められることがある。これは古くからの民話にはない重要な要素である。また、根拠のない噂を新聞やテレビの情報番組が「事実」として誤報してしまう事で、噂が都市伝説に発展することがある。

また、マスメディアが報道した内容によって、直接の損害が発生しなければ、当事者や関係者もすぐに訂正、謝罪をマスメディアに求めないので、「誤報」が広まったままとなる要因の一つと言える。

新聞やテレビが都市伝説を都市伝説として紹介した時に、読者・視聴者が勝手に「事実」だと誤解してしまい、事実として周囲に伝達していくことで、都市伝説が爆発的に流布することがある。マスコミの報道により、虚構が事実として広まった著名な例として、オーソン・ウェルズによるラジオドラマ『火星人襲来』がある。番組の始めで「これはドラマだ」と明言されていたにも関わらず、聞き逃した人も多く、これが実話だと信じてしまった。

都市伝説は、報道等を契機としてそれを信じる人が増えると、信奉者からの伝播によりますます流布・定着するという傾向がある。

また、真実よりも扇情性を重んじる一部メディアでは、「これは実話でない」という記述をあえて見付けにくい場所に載せて読者を煽るという手法を取る事があり、都市伝説の起源となる場合がある。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


殺人者だけが受ける心理テスト

『とある所に3人家族が住んでいた。ある時夫が死に、妻は葬儀の参列者の男に一目惚れした。数日後、妻は自分の息子を殺害した。それは一体なぜか?』という心理テストに対する解答方法による性格の診断に関する噂。
普通の人間であれば「再婚の際に息子が邪魔になったため」と答えるが、嗜虐嗜好が極端に強い人間は「息子の葬式でもう一度好きな人に会えるため」と答えるという(八百屋お七に由来)。「その証拠に有名凶悪犯である宮ア勤、麻原彰晃、酒鬼薔薇聖斗などは後者を選んだ」という解説が付くことも。
曲がりなりにも精神鑑定として犯罪者に信憑性があまりない手段を使うとは到底考えられず、この話は明らかに都市伝説の域であるといえる。また、この設問自体も誰でも知っているわけではないため、一般的だとはいえない。

桜庭一樹によるライトノベル作品『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(2004年11月発売)にて、「凶悪犯罪者(子殺し)かどうか」を試すために実際にこの心理テストと類似した設問を使用した精神鑑定を行っているシーンがあり、このエピソードが元になっていると思われる事が多い、しかしPS2ソフト『月の光〜沈める鐘の殺人〜』(2002年5月発売)の初回ロットに封入されていた『犯人からの挑戦状』の裏面にもこれらとほぼ同内容の心理テストが記載されているため、少なくとも2002年以前から現在の形として存在していたと考えられる。

また同会社から発売された同チーム開発のゲーム『夜想曲2』(2001年6月発売)でも同内容の心理テストが、ミステリーチップ機能によって現れる遊び要素として隠されている。この心理テストは攻略本によるとスタッフの一人が考案した物だそうで、もしかするとここが発祥なのかもしれない。
また、フロイトの『夢判断』に良く似たエピソードが紹介されている。「夢は無意識の願望充足である」という説を唱えるフロイトに、ある女性患者が自分がみた夢について相談をもちかける。「私は親戚の男の子が亡くなって、葬式をする夢をみました。私はその夢をみて悲しむどころか、うれしくなりました。私は子どもが死ぬことを望んでいるのでしょうか?」。これに対して、フロイトは次のような分析をおこなった。「彼女は知り合いのある男性に恋をしているのだが、彼に会いたいという気持ちを抑圧している。しかし、葬式となれば、人目をはばからずに彼と顔を合わせることができるだろう。葬式の夢は子どもの死を願ったのではなく、彼に会いたいという願望を充足するためのものである。」
テレビ東京のバラエティ番組『やりすぎコージー』の「芸人都市伝説」というコーナーで、ダイノジの大谷ノブヒコがこの都市伝説を語った(2005年10月放送)。千原兄弟の千原ジュニアは後者の答えを語った。
ハローバイバイの関暁夫の著書「ハローバイバイ・関暁夫の都市伝説 信じるか信じないかはあなた次第」には、このテストは宮崎勤が考え出した、と言う説が書いてある。

 『とある所に3人家族が住んでいた。

ある時夫が死に、妻は葬儀の参列者の男に一目惚れした。

数日後、妻は自分の息子を殺害した。

それは一体なぜか?』という心理テストに対する解答方法による性格の診断に関する噂。


普通の人間であれば「再婚の際に息子が邪魔になったため」と答えるが、嗜虐嗜好が極端に強い人間は「息子の葬式でもう一度好きな人に会えるため」と答えるという(八百屋お七に由来)。

「その証拠に有名凶悪犯である宮ア勤、麻原彰晃、酒鬼薔薇聖斗などは後者を選んだ」という解説が付くことも。


曲がりなりにも精神鑑定として犯罪者に信憑性があまりない手段を使うとは到底考えられず、この話は明らかに都市伝説の域であるといえる。

また、この設問自体も誰でも知っているわけではないため、一般的だとはいえない。


桜庭一樹によるライトノベル作品『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(2004年11月発売)にて、「凶悪犯罪者(子殺し)かどうか」を試すために実際にこの心理テストと類似した設問を使用した精神鑑定を行っているシーンがあり、このエピソードが元になっていると思われる事が多い、しかしPS2ソフト『月の光〜沈める鐘の殺人〜』(2002年5月発売)の初回ロットに封入されていた『犯人からの挑戦状』の裏面にもこれらとほぼ同内容の心理テストが記載されているため、少なくとも2002年以前から現在の形として存在していたと考えられる。


また同会社から発売された同チーム開発のゲーム『夜想曲2』(2001年6月発売)でも同内容の心理テストが、ミステリーチップ機能によって現れる遊び要素として隠されている。

この心理テストは攻略本によるとスタッフの一人が考案した物だそうで、もしかするとここが発祥なのかもしれない。


また、フロイトの『夢判断』に良く似たエピソードが紹介されている。

「夢は無意識の願望充足である」という説を唱えるフロイトに、ある女性患者が自分がみた夢について相談をもちかける。

「私は親戚の男の子が亡くなって、葬式をする夢をみました。

私はその夢をみて悲しむどころか、うれしくなりました。

私は子どもが死ぬことを望んでいるのでしょうか?」。

これに対して、フロイトは次のような分析をおこなった。

「彼女は知り合いのある男性に恋をしているのだが、彼に会いたいという気持ちを抑圧している。

しかし、葬式となれば、人目をはばからずに彼と顔を合わせることができるだろう。

葬式の夢は子どもの死を願ったのではなく、彼に会いたいという願望を充足するためのものである。


テレビ東京のバラエティ番組『やりすぎコージー』の「芸人都市伝説」というコーナーで、ダイノジの大谷ノブヒコがこの都市伝説を語った(2005年10月放送)。

千原兄弟の千原ジュニアは後者の答えを語った。


ハローバイバイの関暁夫の著書「ハローバイバイ・関暁夫の都市伝説 信じるか信じないかはあなた次第」には、このテストは宮崎勤が考え出した、と言う説が書いてある。


ドラえもんの最終回

結論は、

ドラえもんには最終回に相当する真正のエピソードが3本存在する。
理由
未完である『ドラえもん』に最終回が存在する理由の一つは、連載されていた学年誌は毎年3月で読者が進級して読まなくなる(1学年上の学年誌を読み始める)ため、当時『ドラえもん』が連載されていなかった『小学五年生』を新たに購読する事になる、『小学四年生』3月号読者への配慮であったと思われる。
実際に当時の他の学年誌連載作品でも、毎年4月号には新たに購読を始める新学年生のために『第1話的』な内容を書き、年度末の3月号には『最終回的』な内容の物語を掲載することが慣例的に行われていた。
当初はこのような事情もあって最終回を執筆した藤子であったが、後に『小学五年生』・『小学六年生』にも連載が拡大されたことや、単行本が発売されたこともあり、ドラえもんについてはこの趣旨に則って書かれた最終回は2本だけで、以後は3、4月号ともに通常のエピソードを掲載するようになった。
またこの結果、二本目の最終回を読んだ読者は、『小学六年生』からまた読めることになった(『小学五年生』購読の一年を空けて)。そのため『小学五年生』3月号で、ドラえもんがのび太の元へ帰ってくるという1ページ漫画が掲載された。
また、2006年9月1日の「ドラえもん誕生日SP」でも、ドラえもんが引退するかもしれないというストーリーが放送された。なおこの話は下に示すものとは違い、「ションボリ、ドラえもん」(TC24巻)と「ハツメイカーで大発明」(TC30巻)の2つを原作にしている。


●藤子・F・不二雄による最終回として書かれた作品
『小学四年生』1971年3月号(てんとう虫コミックス未収録)
ドラえもんによると「未来からの渡航者たちのマナーが非常に悪く、過去の人間に迷惑をかけるために過去への渡航が禁止となり、ドラえもんも帰らねばならなくなった」のび太は泣いて止めるが、否応なしにドラえもんは未来へと帰っていったというストーリー。
『小学四年生』1972年3月号(同上)
のび太が自転車に乗れない事でドラえもんに道具を出してもらいに行ったところ、ドラえもんが未来へ帰らねばならなくなったというストーリー。帰る理由は、ドラえもんに頼りっきりののび太の自立心を養うため。のび太は泣いて止め、困ったドラえもんとセワシはのび太にウソをついて帰ろうとするが、のび太がそのウソを素直に信じ、ドラえもんのために我慢すると言ったので、感激したドラえもんは正直にのび太に告げて、のび太もそれを受け入れてドラえもんは未来へと帰っていった(これが日本テレビ版のアニメの最終回のもととなった)。なお、この最終回には後日談があり、後述する通り1973年4月号より『小学六年生』にも連載が拡大されたため、その前月に当たる『小学五年生』1973年3月号に、再びドラえもんがのび太の元に帰って来るという形式の予告漫画が掲載されている。
この二つは連載雑誌が学年誌で読者が進級後に購読する『小学五年生』にはドラえもんが連載されていなかったため、年度末に最終回としただけであり、翌年度の『小学四年生』には『ドラえもん』が引き続き連載されている(1年後の1973年3月号には最終回は掲載されていないのは、1973年4月号より『小学五年生』『小学六年生』にも連載が拡大されたためである。同年4月から日本テレビ版のアニメが放映されることが決まっていたためという説もあるが。なお、上記二つと同様のケースに当たるはずの『小学四年生』1970年3月号掲載の『けんかマシン』(藤子不二雄ランド1巻収録)は最終回的な話ではない)。

下記に記載した3本目の最終回は、一般には一時は本当に最終回になる予定のものであったといわれているが、後述の通り真相は不明である。

『さようなら、ドラえもん』(『小学三年生』1974年3月号(掲載時は『未来の世界に帰る』)・てんとう虫コミックス6巻に収録)
いつもの通り、ジャイアンにいじめられて帰ってきたのび太。ドラえもんに甘えるが、ドラえもんは未来に帰らなければいけなくなったとのび太に告げる(理由は不明)。最初は泣いて引き止めたのび太だが、パパとママに説得されてこれを受け入れ、最後の夜に二人で夜の散歩に出かける。涙をみせまいとしたドラえもんと途中で別れたのび太は夜中に寝ぼけて徘徊するジャイアンに出会い、喧嘩になる。ジャイアンに何度も何度も倒されるが、ドラえもんに頼ることなく自分がしっかりしないとドラえもんが安心できないと、必死でジャイアンにつかみかかり、ついに最後には自分の力のみでのび太はジャイアンに「悪かった、おれの負けだ、許せ」と言わせる。そこに駆けつけたドラえもんはボロボロになったのび太を担いで家に帰った。眠るのび太の横顔を涙ながらに見守っていたドラえもんは、朝の陽光が差すときにはもういなかった…。
1997年にテレビ朝日系で放送されていた歴史バラエティ番組「驚きももの木20世紀」内で、当時の小学館の担当者が経緯を説明したところによると、この話は前年に日本テレビ版のアニメが終了したことや作者が新しい連載(『みきおとミキオ』など)を抱えていた事情などがあり、一時期は本当の最終回にするつもりで構成したものの、次の作品を考えていても作者はドラえもんの事が頭から離れず、思い直して『帰ってきたドラえもん』を構成、翌月号である『小学四年生』4月号に掲載されてドラえもんは続けられたとのことであった。この二作品を合わせた話が『帰ってきたドラえもん』として1981年にTVアニメ化、1998年に映画化されている。しかし雑誌掲載時は「4月号に続く」と書かれていたため、本当に最終回とするつもりが思い直したのか、最初から続くつもりで描かれたのかは不明。また、当時『ドラえもん』は『小学一年生』から『小学四年生』まで連載されており、『小学三年生』にだけ最終回が掲載されるというのも不自然とも言え、真相は不明である。

●『帰ってきたドラえもん』
(てんとう虫コミック7巻収録)、(アニメ版は1981年1月3日放送、海外版では未放送)
ドラえもんがいなくなった後、暗い毎日を過ごしていたのび太だったが、ついに気をとりなおして明るく暮らすことを決意する。外へと繰り出すと突然ジャイアンが現れ、のび太にドラえもんを見かけたという。ドラえもんが帰ってきたのだと思ったのび太は大はしゃぎだったが、しかしその日は4月1日。つまりドラえもんを見かけたというのはエイプリルフール、すなわち『四月バカ』の嘘だったのだ。
残酷な仕打ちの嘘にだまされて泣いているうちに、のび太はドラえもんが「ぼくが出て行った後、どうしても我慢できないことがあったらこれを開け」と言って残して行った、ドラえもんの形をした箱を思い出す。これを開ければそのときに必要なものが出てくるというのだ(アニメ版では“使えるのは一度だけ、開封の瞬間が最初で最後”と説明されている)。出てきたのは、しゃべったことが嘘になる、つまり、しゃべったことと逆の事柄が起こる飲み物「ウソ800(うそえいとおーおー、元ネタは『嘘八百』)」。これを飲んで、のび太はジャイアンやスネ夫に嘘をついた仕返しをする(「今日は良いお天気だね〜」とのび太が二人に言うと大雨が降り、「大雨だね」と言うと日本晴れになったり)。しかし、仕返しを終えると虚しくなってしまい、「ドラえもんは帰ってこないんだから」、「もう、二度と会えないんだから」と独り言をいう。
部屋に戻ると、奇跡が起こった。そこにはドラえもんがいた。ウソ800を飲んでいたので、先ほどの「ドラえもんは帰ってこないんだから」、「もう、二度と会えないんだから」という独り言が嘘になり、「ドラえもんが帰ってくる」、「また会える」という事になったのだ。のび太は「うれしくない。これからまた、ずうっとドラえもんといっしょにくらさない。」と逆さ言葉で再会を泣いて喜ぶのだった。
この話が本来のテレビ朝日版の最終回(本来1本15分がその話のみ15分に分割した1本30分放送になっていた。)になるはずだったが、その後、「最終回にしないで」という反響を呼び、この最終回は幻になった。その後1994年と1997年のスペシャル放送でその最終回になるはずだった話を2回再放送され、映画版でも同時上映作品としてリメイクされた。

なお海外ではこの回だけ放送しない方針を藤子プロが取り、海外では未放送である。ちなみに同局で爆笑問題の出ていた単発バラエティ番組で海外の人にも見せた事がある。よく、幻の最終回などとして紹介されているものの、日本では「ドラえもんコレクションスペシャル 春の4」というDVDに収録されており比較的容易に入手が可能である。

●日本テレビ動画版アニメにおける最終回
ドラえもんのアニメは、現在テレビ朝日系列で放映されているシンエイ動画版以前に、日本テレビ・日本テレビ動画で製作された、通称「旧ドラ」がある。

このシリーズは2クール52話26週で完結したため、「最終回」が描かれている。内容は、自転車が漕げなかったのび太が泣きながら自転車を漕ぐ練習をするところを、未来の世界から見守るところで物語が終わるというもの。原作において発表された3本の「ドラえもんの最終回」のうち、単行本未収録の1本を映像化したものである。

日本テレビ版ドラえもんの最終回では、最後の放送だったにもかかわらず、いつもの放送の最後と同じセルで「次回をお楽しみに」というアイキャッチを表示した(前週までは「次週お楽しみに」)。これはただの手抜きやミスではない。日本テレビ動画再建と続編の製作を、「再びいつかドラえもんを……」という希望を込めて、スタッフたちはあえて、「次回お楽しみに」との言葉を表示したのである。
これに対し、テレビ朝日版では第1話に“ドラえもんが未来からやって来る”という原作第1話のエピソード『未来の国からはるばると』を避け、「ゆめの町ノビタランド」とした。ドラえもんがやってくるエピソードは後に特番で番外編的に描かれた。


●のび太植物人間説
1986年頃に一時期子供たちの間で流行した都市伝説であり、このチェーンメールの最終回はそれを少し改変したものである。内容は、「ある日、事故にあって植物状態になったのび太を、ドラえもんが天国へと連れて行く」というものや、「植物状態ののび太が見ていた夢」「実はのび太は心身障害者で、ドラえもんは彼による作り話(妄想・羨望といった派生型あり)」といったものである。ちなみに、「植物状態に陥った人物のうわ言がドラえもんのヒントになった。よってこのような最終回になった」という話を根拠にしたと推測されている。この最終回の噂はマスコミなどでも大きく採り上げられたため、原作者の藤子不二雄が正式に「流言飛語で根拠のないデマ」・「ドラえもんはそのような悲観的な終わり方にはしないつもりだ」とするコメントを発表する事態となった。

又、同じ植物状態説でも「動かないのび太にドラえもんが自分の全エネルギーを与え、自身の命と引き換えに助けた。その後、のび太が停止したドラえもんを抱きしめ、泣きながら『ドラえもーん』と叫ぶと、垂れた涙がドラえもんに当たった瞬間にドラえもんが復活し、オープニングテーマが流れスタッフロールが出てきてフィナーレ」というハッピーエンドになるものもある。ちなみにこのエピソードは1991年にアニメ化された『丸出だめ夫』の最終回ほぼそのままの話である。

●ドラえもんの開発者はのび太説
これは、一人のドラえもんファンが「自作の最終回」と明記した上で作成したオリジナルストーリーが、チェーンメール等により一人歩きしたものである。「電池切れ説」とも言われる。

ある日突然ドラえもんが動かなくなってしまった。未来の世界からドラミを呼んで原因を調べたところ、バッテリー切れが原因だと分かった。しかし、旧式の猫型ロボット(この場合はドラえもん)のバックアップ用記憶メモリーは耳に内蔵されているが、ドラえもんは既に耳を失っていたので、バッテリーを交換してしまえば、のび太と過ごした日々を完全に忘却(リセット、すなわち『消去』)してしまう事が分かった。バックアップを取ろうにも方法が分からず、開発者を呼ぼうとするも設計開発者の情報は訳あって絶対に開示されない超重要機密事項となっていた。

のび太は迷いの末、とりあえずドラえもんを押入れにしまい込み、皆には『ドラえもんは未来へ帰った』と説明したが、ドラえもんのいない生活に耐えられず、猛勉強をしてトップクラスのロボット工学者に成長する。工学者になってからしずかちゃんと結婚したのび太は、ある日妻となったしずかちゃんの目の前で、努力の末に記憶メモリーを維持したままで修理完了したドラえもんのスイッチを入れる。

ドラえもんがいつものように『のび太君、宿題終わったのかい?』と言い復活する。ドラえもんの製作者が明かされていなかったのは、開発者がのび太自身であったためだった。

以上があらすじであるが、「のび太は15歳で海外に留学した(飛び級で大学に入ったとする事もある)」、「修理には妻となったしずかちゃんが立ち会った」などの脚色が付け足されている場合もある。

●元々のオリジナルストーリーについて
 1990年代に学生であった、あるドラえもんファンが、作成したものである。彼は自分のホームページ(ファンページ)に、「僕が勝手に考えた ドラえもんの最終回(仮)」と言明し、公開していた。「ドラえもんには、藤子F不二雄先生作の最終回がちゃんとあります」とも明記していた。

 当時この学生は太陽電池の研究をしており、そこから思いついたストーリーであった(後述の山崎貴氏=映画『ジュブナイル』監督による)。

 ご本人が現在、このオリジナルストーリーの作者であることを積極的に公言しているかどうかは不明であるが、例えば2007年1月の東京新聞・中日新聞のコラム内で、彼の氏名や現在の職業は明記されている(その他インターネット検索でも知ることは出来る)。

●チェーンメール化・都市伝説化
 上記オリジナルストーリーの内容は、その後チェーンメールとして広まった。

 オリジナルストーリー作者は、この話がドラえもん最終話として一人歩きすることは全く望んでなかったと思われる。チェーンメール化されていることを知った彼は、自身のページに「このページの文を勝手に引用しないで下さい」「私の知らないところで話が一人歩きしていることに恐怖を覚えています」などのコメントを添えていた。さらにその後「チェーンメールはまことしやかに流布され、原作に対する権利の侵害、熱心なファンに対する冒涜であり、このような騒ぎになったのは私の責任」だとし、ファンページを閉鎖した。

 ただしその後もチェーンメールは真実の確認がなされぬまま流され続けた。

 鈴木蘭々などのドラえもんファンのタレントが、深夜番組などで「最終回は〜(のび太発明者説)なんだって」等と語ったこともあり、広範囲に流布した。一部ではこれを真の最終回だと誤解した人もいたという。

 オリジナルストーリー作者は、チェーンメール化により非難を受けるなど、非常にナーバスになっていたこともあったとのことである(これも山崎氏による)。

●内容に対する評価
このオリジナルストーリーに、原作の設定との矛盾点を見いだし、批判する見方がある。

原作に出る高校生のび太は馬鹿なままだ
大学生のび太がタイムマシンでやってきた時、ドラえもんを見て何のリアクションも見せないのはおかしい
ドラえもんのエネルギーは食べたものを使う原子力エネルギーだからバッテリー切れをするのはありえない(原子炉のトラブルで22世紀に飛んで帰る話がある)
ドラえもんは1年に1回は22世紀へ行ってバッテリー交換をしていると漫画で紹介されたから、バッテリー切れなんてあり得ない
そもそも、耳は無くても生活に支障は無いと医師が公言している
「出来る範囲で頑張る」という作品の中で示されるのび太の成長が、「一生懸命頑張って立派になる」というように変わってしまっており、『ドラえもん』のテーマを完全に取り違えている
これらに対する反論ももちろんあり、例えば以下のような見方がある。

藤子・F・不二雄による原作の中でも主にタイムマシンなどの時間移動を伴う部分で随所に設定的矛盾がある
このほか、以下のような見方もある。

藤子・F・不二雄による原作にみられるのび太を「ドラえもんにいつまでも依存するのび太」と理解し、それを歯がゆく思う人たちに、このオリジナルストーリーが好まれた。


恐怖の都市伝説は夏にぴったり

ようこそ都市伝説の集まる場所へ。

皆様の投稿もお待ちしています。


鮫島事件 誰も語らない恐怖の都市伝説

鮫島事件(さめじまじけん)は、匿名掲示板2ちゃんねるなどで時おり言及される架空の事件。都市伝説を装った巧みなジョークである。


そもそもの発端は、2001年5月24日に立てられた「伝説の「鮫島スレ」について語ろう」というスレッドであった。その最初の内容は

ここはラウンジでは半ば伝説となった「鮫島スレ」について語る
スレッドです。知らない方も多いと思いますが、2ちゃんねる歴が
長い方は覚えてる人も多いと思います。
かくいう俺も「鮫島スレ」を見てから2ちゃんねるにはまった
ひとりでして、あれを見たときのショックは今でも覚えています。
誰かあのスレ保存してる人いますか?

というもので、知らない人(と言っても事件そのものも「鮫島スレ」も実在しないので誰も「知らない」のだが)の好奇心を誘う秀逸な書き方であった。これまで数多くの鮫島事件に関するスレッドが立てられ議論された流れの中で、「鮫島=タブー」という約束が出来上がり、人が死んだ、公安が絡んでいるなどの情報が創造されていった。

その後も、ふとしたきっかけから鮫島事件という名前を耳にした人の「鮫島事件とは何か」という書き込みに対して、定期的に挙げられる話題のため「ネタだからやめろ」という者や、面白がって「あれは2ちゃんの影の部分だ」「あの事件のことを思い出させるな」などの書き込みを行ったり、いかにもそれらしい断片的な情報を書いたりすることで、「本当のところは教えてもらえないけれど何かあるらしい」というイメージを植え付けていく者によって鮫島事件は混沌さを増していき都市伝説レベルのネタとして成立していた。


鮫島事件というジョークが定着した理由に、掲示板という顔の見えない文字だけのコミュニケーションであること、当時の2ちゃんねるは現在よりもアングラ色が強かったため実際に事件が起こっていても不思議ではなかったこと、柏駅・立命館などの実在の固有名詞が随所に含まれていたことなどが考えられる。

2ちゃんねるの管理人である西村博之の言葉として、「嘘を嘘と見抜けないと(2ちゃんねるを)使うのは難しい」というものが知られている。

「鮫島事件」が嘘の事件であるにもかかわらず、時折思い出した様に言及され、「それだけはやばい。」というお約束の反応が書き込まれるのは、2ちゃんねるに書き込まれた情報は、とりあえずは嘘として疑ってかからなければならない事と、事の真偽を読み手自身が検証しなければならない事、そして、それが不可能な場合は、真偽の判断は保留したままで、ネタをネタとして楽しむ事が求められているという事を端的に示している。

勿論、これは2ちゃんねるに限らず、不特定多数が書き込む事ができるウェブサイトにおいては、(サイトの主旨にもよるが)至極当たり前な事である。

なお、「鮫島事件が存在しない事」を証明するのは、いわゆる「悪魔の証明」であり、何人たりとも成し遂げる事はできない。よって、「鮫島事件」もまた、真偽の判断を保留したままで、ネタをネタとして楽しむ為に存在しているのである。「鮫島事件」とは、この様な「ネタ」を象徴するキーワードなのである。

結局、纏めると鮫島事件そのものがジョークだったということになる。


というのが安全だとねらーの間ではそういった共通認識ができている。
本当は・・・。
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